この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ

人生で一番幸せな買い物ってゼクシィじゃない???

身長の話

あけましておめでとうございます!今年もどうか私のことをよろしくお願いしますね!

 

さて、半年ぶりくらい?に更新するわけですが、ご無沙汰しておりましてすみません…まあ自己満なのですみませんも何もないのですが…

 

今回は身長について語らせていただきたいと思います。皆さん理想の身長って何センチくらいですか?男性だと背が高ければ高いほどかっこいいイメージはあるのですが(さすがに規格外の身長はびっくりしてしまいますが…)、女性となれば話は別、this is 最高にちょうどいいsizeというものがあるのではないでしょうか。だって女の子で「あ~、この身長に生まれて、よかった!!!」ってブルゾン顔でドヤってる人を見たことないんですもん。

 

身長が低めの女の子は大体の子が「あと○○センチほしかった」って言いますし、逆に高い女の子は「こんなに身長いらなかった」って嘆いています。かといって私がこの人の身長、ちょうどいいのでは???と思っている160~165cmの子に話を聞いてみると「あと5cmあればな~」などと私から見れば贅沢な悩みをこぼします。みんな自分の身長に満足していないのです。

 

かくいう私も身長は170の大台に乗り、これが大学生になっても伸び続けているのですからそろそろ止まってくんねえかなと半ば呆れております。周りからは結構羨ましがられます。モデルみたいでいいじゃないと言ってくれる方もいるのですが、おいおい、お前のその目はお飾りかい?どう見たってモデルって顔と体型してねえだろ!!!!と喚き散らしたくなります。いちいち「ははは、この顔じゃ無理ですよ」と事実を告げなければいけないこっちの身にもなってくれ。お前のせいでまた一つ自尊心が無くなったぞ。

 

平均から外れてしまった女の大変なことの一つに洋服が挙げられます。Fはフリーサイズじゃない。あれはMサイズっていうんだよ。大概の洋服は丈や袖がつんつるてんになってしまうし、スカートなんかは丈が短く、放送事故案件をやらかしたこともあります。これは身長との相関性があるとは明言できませんが、靴のサイズなんかもやっぱり体が大きいのでどうしても大きめになってしまします。大きい靴ってかわいくないんですよね…

 

そして私がどうしても言いたいのは日本の男性の平均身長。2016年の時点では男性170.7、女性157.8だそうです。私はジャスト男性の平均身長なのですが、これがなかなかツラい。何か言われるのが怖くてヒールが履けない、隣に並ぶとふとした瞬間にあれ?私の方がでかくね?と思ってしまう、160cm後半の男性がついた渾身の嘘「身長?170だよ」を見破ってしまうetc…そして恋愛の局面においても身長を言い訳にしてしまうというヘタレっぷり。ここまでくると身長云々よりも私のメンタルの問題ですが…

 

しかしもう嘆いてはいられないのです。どうしようもない。私はババアになって身長が縮むまでこの高さと向き合っていかなくてはならない。これは自分ではもう変えられない事実なのです。つい先日、何のきっかけもなく突然開き直った私は衝動的に7cmヒールの黒いブーツを購入しました。178の巨人が誕生した瞬間である。友人が履いていた高いヒールの黒ブーツ。可愛いな、いいな、でもこんなの履いたらまじで進撃の巨人だし…と諦めていたあの頃の私はもういない。私は生まれ変わったのだ!男ども!!!私がでかいのが悪いのではない!!!お前らが小さいのが悪い!!!

 

謎のイキりを爆発させ、いざ履いて歩いてみると、これがまた歩くのだけで大変なのである。なぜ世の女性たちはこんなものを履いて涼しい顔をしていられるのか。罰ゲームか何かの間違いだろこれ…

私はまた一つ、女性としての試練を体感した。絶対に履きこなして見せるからな!!!

 

ちなみに私は小さい女の子がぴょこぴょこ動いているのが大好きです。

僕らはみんなイキリオタク

こんにちは。そろそろ夏本番ですね!夏ですよ夏!!もうオラわくわくすっぞ!今年は夏休みが少ないけど教授にキレられるぎりぎりのところを狙って遊びまくります。

 

ここ最近は特に変わったことはないのでまたいつものように世間に対する愚痴をだらだら綴りたいと思います。

 

皆さんはイキリオタクって知っていますか?詳しくは

イキリオタクとは (イキリオタクとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

↑こちらを見ていただければ自明であるのですが、世間一般的に「オタクのくせにイキっている」人物を指し示すらしいです。どうもみなさんこれがイライラするみたいですね。まあ私も例に漏れませんが。

オタクがイキるとなぜこんなにも不快なのか、私なりに考えて出た結論は、「自分と同じ陰キャラのくせに身の丈に合わないことをしているから」。なんと悲しい結論でしょうか。大概ネットをみるとイキリオタクをたたいているのは同族のオタクである場合がほとんどです。多分。ファビュラスな人物は我々下等民族がどんなことをしようとも気にしないのです。

 

同じことがオタクではない一般人にも言えると思うのです。教室で少し騒いでいるテンションの上がってしまったジミーズ、美術館で彼女にドヤ顔で一枚一枚絵の解説をしている男、Twitterで目に付く惚気ツイート、ちょっとした自慢話、キラキラとしたinstaglam…とにかくむかつくイライラする。いや、そんなにしょっちゅうムカついているわけではないんですけど虫の居所が悪いと…。

同じカーストにいるくせに何でもっとしおらしくしていないのか——イライラはそこから来ているような気がするのです。とんでもなく最低な感情ですけどね。思っちゃうんだから仕方がない。まあ言い方を変えれば羨ましいのかもしれませんね。同じカーストにいながら周りを気にすることなく自分のやりたいことができているのだから。

 

いつか私も彼氏とのツーショット写真をinstagramに投稿できるぐらい強い女になりたい。

 

 

 

 

現代におけるイケメンの存在意義について

こんにちは、お久しぶりです。もう早いもので5月も後半に差し掛かっておりますが皆様五月病などにかかってはおられませんでしょうか。私は急激な気温の変化に体がついていけず腹を壊し、脂汗をダラダラ垂らしながら行列のトイレに並びました。なんで女子ってこんなにトイレ長いんだ。私を社会的に殺す気か。



さて、本題に移らせてもらう。まあ付き合いの長い皆さんはご存知の通り、私はイケメンが大好きである。三度の飯よりとは言わずとも、三度の飯をイケメンの顔を拝みながら食べたいものだ。イケメンは国の宝であり、財産である。顔がいいというだけで生きている価値がある。顔そのものが存在価値と言ってもいい。イケメンは概して話がつまらないが、そんなことはどうでもいいのだ。存在することに意味があるから、面白い話をして周りに存在価値を認めてもらう必要がなかっただけの話だ。いやー、顔がいいって本当に得だね。わかるよ三葉ちゃん。私も来世は東京のイケメン男子高校生に生まれ変わりたいよ。ただしそういうことは自分の顔を鏡で見てから言ってね!!!現役美少女女子高生がそういうことを言うと今世で残念な顔面をお持ちのお姉さま方に殺されるよ!!!



私の周りの人がたまたまそういう境遇だっただけかもしれないが、イケメンは皆、人生がうまいこと進んでいるように思えてならない。薄幸なイケメンはあまりいないように思われる。そもそも顔がいいということは一生の財産であるから、人生という名のクソゲーにおいて初期設定の難易度が生まれた時から既に違うとも言うことが出来るが、それにしても順風満帆、イージーモードに進んでいくのは何故だ。その幸せ、ほんの少しでいいから生まれた時からハードモード鬼ムズの私たちに分けて欲しい。しかしよく考えてみればイケメンが生まれるような家庭はきっとご両親の顔面偏差値が相当なものである確率が高い。美男美女人生イージーモードの親を持つ子が人生ハードモードなわけないのである。世の中うまく出来てんなぁ。


グダグダとイケメン、一部美女に対する嫉妬を述べてきたが私はイケメンが本当に好きだ。いるだけで周りを幸せにする素晴らしい存在である。ただし私の名誉のために言っておこう。私はイケメンは好きだが恋愛対象として見ているかと言われると答えはNOである。私の感覚は美しい絵画をうっとり眺めているような心持ちであり、決して1人の男性として見ている訳では無いのである。いくら何でもそこまでおこがましくはない。この顔で何年生きていると思ってるんだ。それくらいはわかっていないと世の中生きていけない。


まあシステムバグで綾野剛と結婚できる世界線に飛ばされないかなっていう希望は常に忘れずにいるけどね!!

こちらの窓口では惚気話は受け付けておりません。

どうも皆様お久しぶりです。長らく更新が途絶えていましたが私は元気に独身生活を楽しんでおります。彼氏欲しーい☆


今回は惚気話について語ろうと思います。


皆さんは他人の惚気話、ちゃんと聞いてあげられますか?内心何思ってても大丈夫です。どんなに心で罵ってても笑顔でニコニコ聞いてあげられているのならあなたは本当に寛大です。その心は太平洋のように広い。私はダメでした。自分より幸福な人の話を黙ってうんうん聞いているなんて無理でした。あろうことか「黙れ!!!!私の前で二度と惚気けるな!!!!!!」とその惚気話を強制的にシャットダウンさせました。
まあその子も付き合いたてで浮かれてたんだと思います。その後もWindowsのプログラム更新のごとくずーーーーっと惚気てたみたいです。


単刀直入に言うと、私は惚気話が大嫌いです。他人が自分よりも幸福なのが許せないのです。なんと卑屈な人間なのでしょうか。片思いの話、別れた彼氏の愚痴、振った振られたの痴話喧嘩などは全然大丈夫なのに、そこに彼氏への愛情についてのあれこれが加わるともうダメなのです。知り合いなら「早く別れて私と同じ幸福レベルまで降りてきてくれないかな」と思うし、見ず知らずのカップルがイチャついていたらそこそこ不幸な死に方をしないかなって普通に思いますね。どこか私の知らないところでっていう条件付きですけど。


この世に生を受けてはや四半世紀、自我でガチガチに固められた心を今さら広くすることは不可能に近い、となると解決策はただ一つだけ。私が幸せになればいいんです。私にも彼氏ができて惚気話をする子と同じ幸福レベルまで自分が上がれば自ずと惚気話を菩薩の微笑みで聞き流せるはずなのです。



だから!!!早く!!!私に運命の王子様を!!!犯罪に走る前に!!!!

トイレットペーパーの話

私はトイレットペーパーを大量に使う。それは認めよう。以前実家のトイレが詰まったことがあり、なんとなく妹のせいになったのだが、多分あれは私だ。ごめんなさい。合宿中に隣のトイレに入っていた先輩に、あまりにガラガラトイレットペーパーを回し続けるので驚かれたこともある。一人暮らしをするようになってからは特にトイレットペーパーの減り具合を実感するようになり、あまりの買い出し頻度に毎回自分で使っておいて自分でげんなりしている。

 

ところでトイレットペーパーは大抵シールを貼られてレジに通される。つまりは丸見え状態で家に持って帰る。今日ふと思ったのだが、これはかなり恥ずかしいことではないだろうか。自分がトイレで使用するものを道行く人に宣伝して回ってるのと同じことだ。「私はエリエールのシングル派なの」「あら私はダブルよ」「アタクシ香り付きを使ってるザマス」「俺はスコッティかな」…なんなんだこの会話は。でも実際そういうことでしょう?

 

以前トイレットぺーパーをスーパーで買い、家に帰る時、ばったり学科カースト上位の美女と出くわしてしまったことがある。入学してまる三年になるが、ほとんど話したことがなかった。だがばちっと目が合ってしまい、私は猛烈に恥ずかしかった。その時私は自転車のハンドルにボックスティッシュ(6箱)とトイレットペーパー(12ロール)をぶら下げ、かごにはエコバックに入った食品類という完全に頑張るお母さんの格好をしていたからである。はたまた向こうはイケイケラーメン屋(私が勝手にそう呼ばせてもらっている)から友人と一緒に出てきたいかにも大学生らしいシチュエーションであった。ただでさえうわあ嫌なタイミングだと狼狽してしまうのに私は「聞いて―――!!!私はエリエールのシングルを使ってるの――――!!!!」とこれでもかと自己主張をしてしまっていた。ああ神よ、なぜこうも無慈悲なのか。羞恥心にまみれた私は「あっ…ぷhfんg…〇▽☆※~」と訳の分からない言葉をぼそぼそと発して全速力で自転車をこいでその場を後にした。

 

とはいっても私もこれまで特に意識をしてなかったのだが、今日急に店員に「シールにしますか?袋にしますか?」と聞かれてふと、「そう言えば生理用品は絶対に見られたくないけどトイレットペーパーは別に見られてもなんとも思わない…何でだ?」という疑問に取りつかれてしまった。考えれば考えるほど実はとんでもないことなんじゃないかと思えてきた。

 

まあぶっちゃけトイレットペーパーの話はどうでもいいのでトイレットペーパーの補充とトイレ掃除までしてくれる彼氏ください。

しあわせぱんち

みなさんはinstagramをご存知だろうか。twitterfacebookとならぶ三大SNS文明の一つであるが、主に写真を上げることを目的とされ、利用者は大半が若者である。

今やinatagramは女子大学生の必須アイテムであると言っても過言ではない。キラキラしている女子大生はみんなやってるよ(適当)。

 

私は目標である『キラキラ女子大生』になるべく、先日instagramのアカウントを作成した。設定の際、よくわからずfacebookと同期させたら、もうあまりかかわりのない中学の同級生までフォロー申請をしてしまったがまあそこは可愛い誤差とあまり気にしなかった。しかしそこでまさかの『幸せパンチ』第一撃をまともに食らった。その子はすでに結婚していて子供までいたのだった。まじか~。そうだよなぁ。もうそんな年か。

 

『幸せパンチ』。これは私が勝手に考えた言葉だが、我ながら言い得て妙である。twitterが不幸自慢大会だとしたら、instagramは幸福自慢大会なのである。どこそこの高級ホテルのビュッフェに行ってきた、女子力の塊(パンケーキ、パフェ、etc…)を食べた、彼ぴっぴとのツーショット等々、twitterのいかに不幸を面白おかしく伝えるかという価値観に毒されていた私の眼には、instagramのやり取りは幸せでお互いを殴り殺しているようにしか見えなかった。facebook伊勢丹twitterはドンキ、instagram無印良品なのである。

 

instagramには幸せな世界が広がっている、というより幸せしか存在しない世界なのである。多分みんなinstagramに上げるような出来事はあんまりなくて、いつもは仕事や勉強、研究とか大変なんだと思う。それでもたまにあるほんの一握りのキラキラした成分をアップして幸せパンチを打ち込んでいるのだと思うと、その逞しさに涙を禁じ得ない。キラキラ女子大生になるにはこういった強さが必要なのだ。

 

彼氏ができたらさりげなく向かいの席に彼氏がうつり込むような構成の写真をアップして「今日は表参道でディナー♡ #1周年記念日#これからもよろしく#プレゼントは指輪#絶対結婚しようね♡」って書き込もうと固く心に誓いながら私は今日も他人からの幸せパンチを受け続けるのだった。

 

 

 

要約するとnon-noを買ったという話

 寒くて寒くて大学からの行き帰りに誰に向かうでもないが「寒いんだよチクショウ!!!」と叫びながら自転車を爆走させている今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。私は風邪もひかず、元気に「彼氏ほしい!!!」と絶叫しながら過ごしております。

 

 こないだ学科の友達と話していたら、30までに結婚して子供を産むには学生のうちに未来の旦那に出会っておかないといけない事に気づいた。最初は「んな馬鹿な」と思っていたがちゃんと数えてみたら合っていた。私たちに残された時間はそう多くないらしい。

 

 もう大学生活も終わりに差し掛かった3年の冬、望みを託せるのは4月から始まる研究室生活だった。新しい人間関係で私は彼氏いない芸人から足を洗い、おしとやかで守ってあげたくなる女の子へと生まれ変わるのだ。そのチャンスを逃したら多分一生後悔する。私は今まで頑なに拒否していたスカートに足を通したのだった。

 冬は寒いから(と言っても夏も履いていなかったのだが)という理由でスカートを1着も持っていなかった私だったが、それからというものバーゲンの戦場に出かけてはスカートを買い、大学に行くときに履いて行った。

 服装を変えると、友人から「最近可愛い格好するようになったねえ」とほめてもらえた。ここ1ヶ月の間、私は人生で一番外見を褒められた。(顔以外)

 

 私はここで「私だってシンデレラになれるの!」ということを言いたいわけではない。というか私がシンデレラになったら王子さまは裸足で逃げるだろう。かぼちゃの馬車だって乗車拒否である。何が言いたかったかというと、miniのようなラフでゆるい「ストリートファッション」などは最初に可愛い顔を用意する必要があって、私みたいな人間が人並みに女の子らしい見た目にするにはnon-noのような『量産型女子大生』に変装する必要があったのだ。『量産型女子大生』を馬鹿にしてはいけない。『量産型女子大生』にすらなれない可哀想な女の子がどれほどいるのか世の中の人は知らないのである。

 

もう少し早く気づけばもしかしたら今頃彼ぴっぴとラブラブだったかもなあ。まあifの世界線を想像するのはタダだから。腹は膨れないし隣には誰もいないけどな。