この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ

人生で一番幸せな買い物ってゼクシィじゃない???

かわいそうなわたし!

かわいそうなわたし!

 

彼氏と別れました。振られた。信じられない。理由や経緯はふたりのパーソナルな部分だけど、今の私の状況や心情は私のものなのでそこはネットの海にぶち込んでやろうと思い筆を執った。

 

彼氏がいたとき、私は何かあっても「まあ私には彼氏がいるし。」と心のよりどころにしている節があった。知らない土地で友達がいなくても周りにおじさんしかいなくてもイケメンがいなくても「私には彼氏がいる」ということに胡坐をかいて「私の本当の居場所はここじゃない」というどこか他人頼みな生き方をしていた。彼氏がいればそのうち結婚するだろしそうすれば子供ができて家を買って子どもを頭のいい学校に入れて老後はゆっくり過ごすという世間一般で言われる幸せな人生を歩めると思っていた。人生の王手に手がかかったも同然だと信じて疑っていなかった。

 

その結果がこれだよ。

 

20代中盤になって彼氏に振られて周りに結婚したいような男もいない。振られた瞬間感じたのはこれからの人生に対する絶望である。ああ、私は一生一人で晩御飯を食べるのか、と。

 

私は一人で生きていける側の人間だと自覚している。でも一人で生きていけるからと言って寂しくないとか周りの人間と比較せずに自己を強く持てるかというとそこまで強くもない。こないだも知り合いの結婚式の招待状を受け取って激しく動揺し、そんな自分に嫌気がさしてピアス穴を増築した。強くなりたかったんだが今考えるとなんか方向性が若干間違ってる気がしなくもない。穴の数だけ強くなれる気がしたんだけど。知り合いからはこのままだともっと仲いい子が結婚したときには舌ピアス開けそうだよねと言われた。

 

彼氏がいた期間は、彼氏がいなかった期間に比べて圧倒的に短い。なのに二度と「彼氏欲しい~」と叫ぶ彼氏できない芸人だった頃の私には戻れないだろう。あたしンちのお母さんが言っていた「高い味噌理論」に似ている。人間、高い味噌を使って作った味噌汁を一度飲んでしまうと、今までの安い味噌の味噌汁には戻れないという理論だ(うろ覚えだけどたしかそんなエピソードがあったはず)。

笑いながら「彼氏欲しい」と言っていたのはそう言っとけば周りも笑ってくれるし自分も楽だったからだ。今はもう無理だ。今私が欲しいのは概念みたいな「彼氏」じゃなくて「別れ話を切り出してくる前のあの人」なのだから。

 

あの幸せだった日々を思い出さない日はない。それと同じくらいこの理不尽に怒りも湧いてくる。怒っているのに楽しかったころの思い出に心を馳せてしまうしスマホの写真も消せないしそんな女々しい自分が世界で一番嫌いだ。一人で生きていけると思ったのに。こんな夢見させてそのあとに粉々にするくらいだったら最初から夢なんて見させないでくれよ。

 

彼が好きだと言ったものは全部嫌いになった。愛の不時着、米津玄師、あいみょんクィア・アイ…。デートした場所は通り過ぎるだけでも心が乱された。東京、品川、お茶の水、立川…。東京の主要駅は大体行ったから本当に大変だ。高輪ゲートウェイまで行っちゃったよ。

 

これから私は自分の意志で人生を生きていかなければいけない。彼氏とかそういう外的因子の影響で人生の方向を決められないから。隣の道を見れば美しい草原がずっと広がっている幸せレールの上を手を取り合って進んでいくカップルがいる。対する私は先の見えない誰もいない荒野だ。別に望んでこうなったわけじゃない。今まで彼氏という外的要因が自分の人生にいいように作用して、その先を示してくれると思っていた。でも突然自分の意志で人生を決めろと言われて、ただ呆然とするしかなかった。でも助けてくれと叫んでも誰も助けてくれない。だからもう一人で進むしかないんだよな、と思いながら、まだ過ぎ去りし思い出を咀嚼しながら膝を抱えて一歩を踏め出せない。本当の居場所はここじゃないとまだ駄々をこねてるみたいだ。

 

私みたいな人間は結婚しないほうが幸せになれるという自覚は持ってる。自分のためだけに働いて自分のためだけにお金を使う。それが最適解だと分かっているのになぜ世間の幸せが気になってしまうんだろう。ほかの人の人生と自分を比べてしまうんだろう。

 

他人と比べない、強い心が欲しい。

 

どこに売ってるかな?ドンキの2階とか?

風早翔太の話をしようか

風早翔太の話をしようか。

 

みんな、風早翔太は知ってる?2020年現在20代中ごろから後半の女性はきっと知ってると思うけど、別冊マーガレットに連載されていた漫画、「君に届け」に出てくるヒロインの相手役で顔よし性格よしの完全無欠私たちの彼氏である。

 

詳しくはWikipediaでも読んでほしいけど→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%9B%E3%81%AB%E5%B1%8A%E3%81%91

まあせっかっく語るんだからちょっと解説しておくと、ヒロインはその見た目のせいで貞子と呼ばれている黒沼爽子がクラスメイトの風早翔太、矢野あやね、吉田千鶴、真田龍、etc...などと交流しながら風早翔太とのどぎまぎ恋路を進めたり、クラスメイトとの壁を壊していく恋愛サクセスむねきゅん純粋ストーリーである。

 

私がこの漫画を読み始めたのは中学生だった。世間の厳しい現実も自分の器量も分かっていなかった、自分はなんにでもなれるのだと信じて疑わなかった中学生のあの頃、私たちは風早翔太に出会ってしまったのだ。風早翔太は人を見た目で選ばない。人の内面を見てくれる。性格さえよければきっと私にはイケメンで優しい彼氏ができるのだと素敵な夢を見させてくれた。

 

自分が顔も性格もたいして良くないと知ったのはそう遠くない未来だ。

 

世の中には本当に性格がいい人がいる。どういう育ち方したらそんなに汚れを知らない心を手に入れられるんですか?!というような人物が100人に1人くらいいる。爽子はそういう人なんだ。

私には爽子みたいに人の喜びを一緒に喜び、人の悲しみを一緒に悲しむような心は持ち合わせておらず、人の幸せを妬み、自分と同じ不幸レベルに落ちてこないか下から足を抱えて待っているような、そんな人間だったのだ。そしてよくよく読み直してみたら風早は爽子の笑顔に初対面で一目惚れをしていたのだった。なんだよ結局顔かよ。

 

そして風早翔太や爽子のような人間は、大抵人生がうまくいくようにできている。家族愛があり、良い友人に恵まれ、多少の困難はあれどそれすら美談になるような人生。私からすれば、そんな人生を覗き見するのはもはや呪いと化した。

 

以前は、もう主人公が年下になって読めなくなった、という理由で新刊を買っていなかったのだが、今は「約束された勝利を手にした若い男女の話が読めない」という理由で続きを読めていない。

現実でもそうだ。大学まではみんな恋人がいるだのいないだの、付き合ったの別れたの色々すったもんだした。しかし、20代も後半に差し掛かろうとする今、みんな自分の人生に「王手」をかけようと、人生の選択を「置きに」きている。まさに「約束された勝利」である。私はそんな彼らの人生という物語を覗き見するのが耐えられない。自分から家族の手を離し、かといってこれから先の長い道を一緒に歩く人もいない私。はたやこれから「人生ハッピーレールセット」という名の、世間一般に幸せな人生と呼ばれるのに必要な要素を全て踏みます!という2人。私はどこで間違ってしまったんだろう。いや、間違いなんかじゃない、別に間違っていない。そうは思ってもハッピーレールに乗った2人と自分の今の状況を比べずにはいられない。書いていて気が狂いそうだ。

 

なんか途中から風早翔太関係なくなってきてしまったが、つまりは私にとって、風早翔太は「理想の彼氏」から「私の人生における呪いの概念」へと変質してしまったというわけだ。普通に生きてただけなのにこんなに悲しいモンスターが生まれてしまうとは本当にこの世はクソである。

 

こんなにひねくれてしまったのには色々訳があるのだがここでは割愛させていただく。

 

他人と比べない、強い心が欲しいね。

家に籠り、エアロビクスを愛でる

みんな元気?ちゃんとコロナでうんざりしてる?私はコロナで友達にも先輩にも彼氏にも会えず泣きそうだよ。

 

今日はみんなに、コロナでうんざりしたときに観てもらいたい動画を紹介しようと思う。ずばり、30年ほど前のアメリカのエアロビクスの動画。

 

出会いは私が外出禁止で発狂しながら驚異の速度でSNSを更新していた時のこと。(分かっていると思うがこの場合の更新は閲覧履歴の更新であって私自身の投稿の更新ではない。)

 

テラスハウスに住んでいる人のSNSは毎日のようにチェックしていた私の目に、バスケットボールの田渡凌選手のエアロビチャレンジの動画が飛び込んできた。

 

動画は真顔の田渡選手が軽快な音楽に合わせてキレッキレのエアロビクスを披露するという恐らくシュールな笑いを狙ったものであり、私は終始ぴったりとしたズボンで裸の時よりも目立っているのではないかという股間に釘付けだった。

話を戻そう。わたしはこの動画にはまってしまい、何回も繰り返し再生した。そのうち、この動画の元ネタを知りたくなった。そしてYouTubeでエアロビクスと検索すると、元ネタであろう番組を秒で見つけることができた。

 

そこから先、私は来る日も来る日も自分が生まれる前のアメリカで撮影されたエアロビクスの動画を眺めている。はたから見たら狂人だろう。だって自分はベッドに寝っ転がりながら指一本動かさずに笑顔で踊り狂う男女を凝視しているのだから。

 

地獄への道連れは一人でも多いほうがいいのでここでエアロビクスのいいところを挙げていこうと思う。私が「自分が幸せになるよりも今幸せな人が自分と同じレベルに落ちてくるほうに幸せを感じるタイプ」だということはみんなご存じだよね?

私はセクシーなダンスが苦手だ。特に男女とも股間を強調したり腰をくねくねしたりするダンスは目のやり場に困る。一方、チアリーディングやテーマパークのパレードなどのダンスは性的な表現が少ないため安心して見ていられる。エアロビクスも踊り手から性を感じないのだ。エアロビクスは男女ともに水着のようなウェアを着用し、女性に至ってはかなりのハイレグの人もいて、見方によってはかなり性的に見える。しかしそれを一切感じないのだ。分からない。なぜこんなに彼らから性を感じないのか。おそらく、エアロビクスがスポーツの一種であるから、というのが理由の一種であると思うのだが、本当のところは私にもまだわからない。しかし、田渡選手から感じられた強烈な性の香りは、30年前の彼らからは感じられないのだ。

 

また、理由の一つに彼らがずっと笑顔なのが挙げられる。画面の向こうの彼らは激しい運動をしているにもかかわらず、変わらず私に笑顔を向けてくれる。そして肉体を動かす喜び、仲間と同じ動きをすることで得られる一体感を我々に疑似体験させてくれる。30年前の彼らは、私たちがコロナに苦しんでいるなんて全然知らない。だけど時を超え、国境を超え、「負けないで!!!」って笑顔で私たちにエールを送ってくれる。私たちは彼らから人間賛歌と生きることの希望を感じる。もう書いてて泣きそうだよ情緒不安定なのかな…

 

私はエアロビクスに関しては全く知らない。無知である。だから、本当に見たままのことを書いている。あんまりエアロビのいいところも伝わんなかったかもしれない。でも、こんな文章を読んでもしエアロビを気になったら、そしてもし、コロナで気が滅入ってきてしまったらぜひこのエアロビクス動画を見てほしい。30年の時を超えて、彼らは私たちに語りかけてくれる。生きる喜び、そしてコロナに負けない明るい心を。

 

youtu.be

 

 

テラスハウスが僕たちに教えてくれたこと


皆さん、もう2019年も終わりますね、今年もいろいろありましたが私が今年一番衝撃を受けたものを今年のブログのラストに紹介して新しい年を晴れやかに迎えたいと思います。

 


私が今年一番衝撃を受けたもの、それはテラスハウス軽井沢編です。Twitterで私がギャーギャー騒いでいるので知ってるかもしれませんが、テラスハウスとは見ず知らずの男女6人が台本のない共同生活を送るのをただただ記録したもの、という設定で場所を変えメンバーを変え、2012年から続いているテレビ企画です。

知らない方のためにもう少し詳しく説明すると、番組側は最初に車と家を用意して、そこに男3人女3人の6人が初期メンバーとして一斉に入居します。メンバー内で結ばれたり何かを成し遂げたり飽きたりしたら卒業という形でテラスハウスを去ります。この際、抜けたメンバーの数だけすぐに新しい入居者が入って来ます。なので基本的に男3女3の構成は変わりません。我々視聴者はスタジオのトークテラスハウス内のカメラ映像を視聴するという本当にシンプルな構成の番組です。たったこれだけなんです。なのに死ぬほど面白い。

 
ここで一つ断っておきたいのは、私はまだ軽井沢編を視聴しただけのめちゃくちゃテラハ初心者だということです。テラハファンのプロの目から見たら至らないところもあると思いますがそこはお手柔らかにお願いします。

 
テラスハウス軽井沢編は2018年から放送されたもので、足掛け1年以上、その名の通り軽井沢の別荘地を舞台に繰り広げられる人間模様を撮影した作品です。

 
私はこのブログでネタバレをするつもりはあまりないので、ここではテラハのおすすめポイントやテラハ を見る上での注意点をみんなに伝えられたらと思います。

 


テラハのおすすめポイント、それは何はともあれ副音声です。副音声ではスタジオのYOUや山ちゃん、徳井のガヤが映像と同じタイミングで聴けるのです。テラハは基本今時の若者がおしゃれな家に住んでいる映像をただただ眺めるだけなのですが、副音声をONにすればあら不思議、人間観察バラエティモニタリングに早変わりするのです。そしてこのガヤがとにかくうるさい。これはほめています。なので視聴するときは副音声をONにしたら必ず字幕もONにしてください。じゃないと本編で何を言っているかさっぱり分かりません。でも字幕にしておけば多少周りがうるさい電車内とかでも何言ってるのかわかるので普通に便利です。

 

おすすめポイントその2は出てくるごはんやお店がめちゃくちゃおしゃれで美味しそうなところです。料理が上手なメンバーが入居していればテラスハウス内での食事も毎回とてもおいしそうですし、大体デートで出てくるお店はいわゆるSNSで映えそうな見た目も美しい料理だったり店内だったりします。ちゃんと番組内でお店の名前を紹介してくれるので調べればすぐいけます。軽井沢もめちゃくちゃ可愛いお店がいっぱい出てきて普通に行きたくなりました。

 

まあそんなきれいごとばかり言ってもしょうがないので本題に行きますが、私が一番好きなのはやはりメンバー内での人間関係のこじれです。テラスハウスというある意味閉鎖空間で、これまで会ったこともない若者同士が共同生活を送るわけですから当然人間関係の拗れは生まれてきます。それが異性だったり同性だったりはありますが、軽井沢編ではそこが如実に表れてきて、人間の浅ましさや欲深さを感じることができます。実際に自分がまきこまれたら絶対に嫌ですが、テラスハウスではこの人間関係を安全なシェルター内から観察することができるのです。クラスの一軍の喧嘩を三軍が見守るといった感覚に近いでしょうか。私は共感性羞恥なのでドラマとかもあんまり楽しんで見られないのですが、テラハはまったく共感することなく視聴することができました。多分副音声が完全に俯瞰で見ているから、自分も一緒にスタジオで視聴している気分になるからでしょうか。

そしてメンバー内でトラブルが発生したり、何か恋愛や人間関係がうまくいかないとき、なぜそうなってしまったのか、という理由をスタジオメンバー(特にYOUや徳井)が解説してくれるのです。これは本当にありがたい。めちゃくちゃ現実の人間関係で参考になります。別に異性との関係だけではなくて、友達や職場での人間関係でもあてはめられます。とあるメンバーが自分の話ばっかりするので女子全員に「ナシ」判定をされてしまう回があったのですが、それが私にめちゃくちゃ刺さりました。確かに自分の話をするのはめっちゃ気持ちがいいです。でもそれって単に自分が気持ちいからしているのであって相手は多分全然楽しくないんですよね。多分。相手から話を振られて、それに答えるのはいいと思うんですけど、振られてもないのに全部自分の話につなげて持って行ってしまうと、これはコミュニケーションじゃなくて完全に自慰行為ですよね。コミュニケーションですから相手が投げてくれたらそれをしっかり投げ返してお互い会話を楽しめるように努力をしなければいけない。仲が良くなると忘れがちですけど、仲がいいからこそ、それを維持するためには努力が必要なんだとひどく戒められました。テラスハウスからは人間関係の大切なことをたくさん学べたように思います。テラハを恋愛リアリティSHOWだと思って避けている人にめっちゃ言いたい。まともに恋愛している場面なんて多分全部足しても10分も無い。残りは人間関係の失敗例のVTRだ。

 

おすすめな点はまだまだあるのですが、きりがないので、次のテラハを見るうえでの注意点を述べたいと思います。

テラハを見る上での注意点それは中毒になるので容量用法はお守りくださいということです。まじで24時間いつでも見たくなってしまい、禁断症状に苦しみます。テラハは見る麻薬だ。

 

 

それでは皆様、素敵なテラハライフを。

世界ウルルン就活記

3月1日、とうとう就活が始まった。私は不安と重圧で押しつぶされそうだった。結論から言えばこの時から2ヶ月経たずに私は就活を無事終え、残り少ないモラトリアムに戻っていったわけなのだが、それでもしんどい瞬間や大泣きした夜もあった。しかし就活という人生におけるビックイベント、そうそうつらい思い出だけではない。普通に生きていたら会えないような大企業の役員レベルのおじさまにも会えたし、研究施設の見学や工場の中を見せてもらうこともできた。そんな私の就活体験の面白おかしいエピソードだけでも皆様にお届けできたらと思い、今回筆を執った次第であります。

 

就活中一番やばかったこと、それは夏に2週間もインターンに行った企業に性格診断で落とされたことだ。嘘やろ。そんなに性格やばかったんか私…。この企業の商品は一生買わないと心に決めた。完全なる逆恨みである。バイト先の同僚相手に企業を散々罵っていたら、ずっとその子が笑いをこらえていたのでわけを聞いてみたらその子の父親といとこがその企業に勤めているらしい。血の気がさっと引いた。まあ終始楽しそうに笑ってくれていたので多分大丈夫だと思う。企業を罵るときは相手の知り合いにそこの関係者がいないことを確認してからにしようと強く思った。

 

エントリーシートで落とされる企業もいくつかあった。私は身の丈に合わないような超人気企業にはエントリーしていなかったので、あまりESではじかれるようなことは無かったのでが、それでも落とされるときはあった。そんなとき、絶対手に入ると思っていた企業に拒絶された屈辱感と、手に入れられないと分かったとたん、俄然内定に対する支配欲が湧く感覚に襲われた。これが「この俺様を拒絶するとは…フン、おもしれー女」という感覚なのだと実感した。入るつもりはあまりなかったけど落とされたは落とされたでムカつく。もしかしたら私は俺様系の素質があるのかもしれない。

 

始まる前は面接なんてとてもじゃないが乗り越えられないと思っていたが、数をこなすうちに慣れてきてそんな面接になかで一番印象に残ったのは、逆質問で「御社は○○という体制をとっていますが、それを実感したことや、ほかの企業と違うと感じたことはありますか?」と聞いたところ、「あなたはどう思いますか?」と質問で返されたことだ。質問を質問で返すな。貴様は人生における必修科目「ジョジョの奇妙な冒険」を履修していないのか。その時はもにょもにょ言って何とか乗り越えたが、まじで全人類ジョジョ履修してほしい。

 

就活中や就活が終わると、だんだんお金を稼いで自立するという将来像がリアルに想像できるようになる。いつからか私は専業主婦体制のもう一つの側面に気付いた。奥さんが専業主婦になってくれれば見捨てられ出て行かれるリスクが格段に低くなるということだ。自分と同じだけ稼がれたら愛想を尽かされてしまったとき出ていかれてしまう。ぶっちゃけ私が稼いでくるから家で待っていてほしい、欲しいもの何でも買ってあげるから経済的にずぶずぶに私に依存して自立しないでほしい…。就活が佳境になるにつれて私はそんなメンヘラっぽい思考に陥るようになり、自分の新たな側面を発見した。就活とは自分も知らなかった自分に出会ういい機会なのかもしれない。

 

結論から言うと私は第3希望くらいの企業の内定を承諾し、就活を終わりにしたのだが、もしあの時こうしていたら、あの質問をうまく答えられていたらといまだに考える。でもそれも人生、これから何が起こるか分からないから、とりあえずはせっかく繋いでいただいたご縁、大切にして来年からは社会人として頑張ろうと思う。

ゴリラとホモサピエンスとイケメン

皆さん。とりあえずゴリラの群れを思い浮かべてほしい。私はゴリラの専門家ではないから多分いろいろ間違ってるかもしれないけれど、次のフェーズに移行するためにはゴリラで例えるのが一番簡単なのでこのようにさせていただく。群れるからにはリーダーが存在している。ネットでパッと見た知識で申し訳ないのだが、ゴリラのリーダーに必要な素質は「愛嬌がある」「運がよさそうに見える」「後ろ姿で語れる」だそうだ。さて、これは人間にも当てはまる。「愛嬌がある」=「優しくチャーミング」、「運がよさそうに見える」=「やることなすことうまくいっているように見える」、「後ろ姿で語れる」=「…」まあそのまんまか…。このような要素を持っているような、優れているホモサピエンスはおのずとリーダーになり、周りの平均的な能力を持つホモサピエンスはそれを直観で分かっていて、優れたホモサピエンスがリーダーになれるように行動するのではないかと思っている。多分本能で。そのほうが社会の発展を望めるから。そしてリーダーに嫌われないように行動し、社会生活を営んでいると考えている。だからもしリーダーに嫌われるようなことをしてしまうと、社会生活における死を感じる。

 

私がこの持論にたどり着いたのはとある一件があったからだ。

 

私には毎日会いに行けるイケメンがいるのだが、そのイケメンの機嫌を損ねてしまうことがあった。このイケメン、顔よし頭よし身長も高くまさにホモサピエンスとして優秀な個体である。ここで注意していただきたいのが「ホモサピエンスとして優秀な個体」ということである。人間として優れているかどうかまでは私が判断できるところではない。なぜなら私はイケメンの外面しか見ていないので中身については何も知らないからだ。

 

ある日、事件は起きた。私がイケメンの地雷を踏みぬいてかなりストレートに嫌味を言われたのだった。このイケメンの機嫌を損ねたとき、私の脳裏に浮かんだのは社会的な「死」であった。確かにイケメンと私が共存しているコミュニティはごく小さなものであり、別にそこで死んだとしてもほかのコミュニティでは生きていけるが、それでも一日の大半を過ごすコミュニティでの死はなるべく避けたい事案であった。それから数日間、私は生きた心地がしなかった。話しかけるときはもちろん敬語、なるべく視界に入らないようにし、これ以上相手を逆なでしないように細心の注意を払った。

 

喉元過ぎれば熱さ忘れるとはよく言ったもので、半年もすれば普通に会話することもできるようになったが、今でもふと思い出しては背筋が凍る。

 

ホモサピエンスとして優れている個体から嫌われるということはこんなにも恐ろしいことだとは思わなかった。何人かにこのエピソードを語ったのだが共感してくれる人もいればその考え方は偏っているからやめたほうがいいと聡明な助言をくれる人もいた。

 

イケメンに対して「怖い」という感情を抱くとは思わなかった。イケメンだというだけでちょっと攻撃的な言葉を発すると私みたいな人間に恐怖を抱かれてしまう。イケメンとは孤独な存在なのかもしれない。イケメンは奥が深く、なるべくなら外面だけ永遠に眺めていたいものだと思うのであった。

 

結局あんまりゴリラは関係ないしこんな気持ち悪い持論早くドブに捨ててぇ。

ユーリ!!! on ICEを観た話

皆さんは2016年に放送されたアニメ、ユーリ!!! on ICEをご存知だろうか。放送当時から幾多の乙女達を沼に陥れたこのアニメ、実は放送前から気になってはいた。まずPVからし腐女子ホイホイ臭が凄かった。あと登場人物の顔が良かった。深夜枠のアニメだったので、まだ生活リズムがそこまで荒れてはいなかった私は録画して後で観よ〜とリアタイはしなかった。

 

確か放送は毎週水曜日だったような記憶がある。毎週放送翌日の朝、Twitterのトレンドを見ると、昨日の夜に何が起こったのかが手に取るように分かった。沢山の村が焼け、多くの人が眠れぬ夜をすごしていたことが伝わってきた。私は怖くなり、HDに溜まっていくこの危険物を観る事ができなかった。直感でわかったのだ。「あかん、これハマるヤツや」と。

 

それから長い年月が経った。平成は終わるし私の学生生活も残すところあと一年弱となってしまった。そんな時にふと、Twitterでまだユーリ!!! on ICEを観ていないことを呟くと、ずっとアニメやオタクとは無縁だと思っていた友人から熱烈なリプライを貰った。絶対に平成が終わる前に観ろと。それほどまでに彼女を駆り立てたものは何だったのか。私は覚悟を決めた。「平成中に片をつける。令和には持ち越さない。」

 

観始めるとあとは早かった。まず初日に7話ほどぶっ通しで観賞し、翌日の研究室ではその事しか考えられなくなった。勇利とヴィクトルはこの後どうなるんだろう、ユリオはどうやって絡んでくるんだろう…彼らの物語の続きが気になって仕方がなかった。その日の夜は教授に焼肉を奢ってもらったのだが、奢ってもらう身分だというのに早く帰って続きが観たい以外の感情を失った。安いカルビの味はよく分からなかった。

 

チャリを爆走させ、家に着くとすぐに続きを観始めた。最終回を観終えた時、私は無意識のうちにテレビ画面に向かって五体投地をした。Thank you…絶対円盤買うわ…

 

まず謝りたいことがある。最初邪な気持ちで観始めてしまって本当に申し訳なかった。多分私は勇利とヴィクトルのどちらかの、またはどちらの性別が‪逆でも感動したし素晴らしい作品だと思っただろう。この作品はフィギュアスケーターの勝生勇利とそのコーチ、ヴィクトル・ニキフォロフの関係性だけではなく、2人とそのライバルの多くの選手達の群像劇であり、それぞれに背負っているものがあり、短い選手生命に全てを掛ける彼らの一瞬の煌めきを切り取ったものだったのだ。何を言っているかわからないと思うがとりあえず観れば分かる。

 

実際に彼らはこの世には存在してないし、この物語はここで終わってしまうのだが、だからこそ私の心の中で彼らは生き続けているし、画面越しに何度でも私に感動を与えてくれる。

 

オタクとしての格が1つ上がり、人間としての尊厳がひとつ失われた瞬間であった。